投資遍歴【第三章】- 沈黙の時代と再起の兆し-

🌱私の投資遍歴

これは、資金200万円から始まった、
ひとりの投資家の記録。

試行錯誤を繰り返しながら
やがて1億円へと辿り着くまでの、
相場の軌跡である。


投資遍歴【第三章】
– 沈黙の時代と再起の兆し


2005年に株式投資を開始するも、

そのすぐあとに、”ライブドアショック”や
“リーマンショック”に遭遇。

当初の資金200万円は
70万円にまで萎んでしまっていた。


その後の

2009年から2012年当時のことを、
時代背景とともに、綴りたいと思う。


リーマンショック後の世界

2008年のリーマンショックのあとは、

まるで世界全体が、
長い病から立ち上がろうと
しているような様子で、



不安定な市場はどこか、
咳き込みながら前へ進んでいる…

そんな印象だった。


私が株を始めた2005年頃と比べると、

マザーズ指数(現グロース250指数)は
2800ポイントから250ポイントまでの

激しい下落を見せていたため、


新興市場の銘柄のほとんどは
株価が10分の1程になり、

板も閑散としていて、


その頃のチャートには、
静かな絶望が滲んでいた。


政権交代と円高進行

やがて政権が自民党から民主党に代わり、

円高が進んでいく。


海外の株価は回復していく中で、


効果的な経済政策も打ち出されず、
日本だけが取り残されていた。


振り返ればここが
“最大の買い場”だった訳だが…。

その頃は誰も、
株式市場に対して希望を持ってはいなかった。


投資に否定的だった時代



「株なんてやってるんだね、
そんな儲からない事してて楽しい?」


その頃は…

株をしているという話をすると、
そんな返事が返ってきていた時代だった。


インフレにより
“投資の重要性“が認識されている今とは、

隔世の感がする。


見向きもされていなかった有望株


例えばあの頃、

物凄い業績拡大を図りながら新規上場した
「FPG」という銘柄は、


まるでバリュー株のような、
PER10倍、配当利回り3%超えの状態で
放置されていた。


今なら、誰もが飛びつく数字だろう。

現に、この銘柄の株価は
その後45倍以上になるのだが…。

グロース株なのに
“PBR2倍は割高”と言われて、

当時は、誰も見向きもしていなかった。


割高・割安というのは
所詮はその程度のもので、

相場の状況が変われば、
評価は簡単に変わってしまうのだろう。


2009年−2010年 踏みとどまる


ここからは、
私の実際のあゆみを、綴りたいと思う。


リーマンショック後には、

当初の200万円の資金は
70万円台にまで減っていた。



もうその時は、株で資産を築けるなんて、
夢にも思ってはいなかった。


幸いなことに
仕事は軌道に乗りはじめていて、

経済的には困らない状況に
なっていた事もあり、

相場への情熱の火は、
完全に消えていたかに見えた。


でも・・

やはり相場の世界が好きだったのだろう。

取引先の社長たちが
“株の話”を肴に語るのを聞いているうちに、

少しづつ、チャートを眺める日が、
また増えていった。


初めて相場の景色を見た時に、

「何かが変わるかもしれない」
心踊らせたときのことを、

心の何処かで、
まだ覚えていたのかもしれない。


初めての年間利益


また2009年以降は、

全体の相場の向きが下向きでは
なくなったこともあり、


市場は、
かすかに息を吹き返し始めていた。


結果、少ない取引ではあったが、

2009年は、投資人生で
初めて年間損益がプラスとなった。


「プラス9万円」

それが、私の初めての”年間利益額”だった。


そして、同じように2010年も
少額の利益を積み重ねることが出来、

200万円から70万円まで
減らしていた資金を、

ようやく100万円にまで戻す事に成功した。


2011年 再起の兆し


2011年。この年の3月には、

誰もが忘れる事の出来ない甚大な災害。



東日本大震災が起こった。


恐怖心を抱えながらテレビをつけると…

津波による甚大な被害が写り、
原子力発電所の爆発の状況が実況されていた。



この時はチャートも、人の心も、
大きく揺れていた。

偶然にもこのときは
確定申告で仕事が忙しい時期だったため、

少ないポジションだった私は、
大きな損失は免れたのだが・・


ニュースを見るたびに…
株なんてやってる場合ではないと思い、

暗い気持ちになっていた。


感じ始めた”手応え”


だが、その後相場は
早い時期に持ち直す事になる。


そして、その年の後半頃だろうか。

ようやく相場に対峙する上で、

自分でも”手応え”のようなものを
感じられるようになっていた。



長い下げ相場で培った、
危険を早いタイミングで察知する、

「身を守る術」


危ないと感じた時に
素早く逃げることが出来る技術。


その自信があるからこそ、


「値動きの激しい銘柄」に、
立ち向かう事が出来るようになっていた。


最高利益


この年は主に、
新規上場のIPOの銘柄や、

大きな材料が出て勢いのある銘柄に
順張りで上手く乗ることで、

安定的に利益を上げることが出来た。


結果として、2011年は、

これまでで最高の、
80万円程の年間利益を残す事に成功。


当初の200万円に資金を戻すまで、
あと一息という所まで来ることが出来た。


2012年 復活のとき


2012年。この年は後半に
政権が民主党から自民党に戻り、


これをきっかけに市場が
息を吹き返したように動き始めていた。


私もこの動きに乗り、
資金を220万円まで増やすことに成功。


株を始めてからの通算損益が、
ようやくプラスとなった。


アベノミクス前夜


ここまでの道のりは、本当に長かった。

この時の口座の残高だけを見れば、

2005年のあの時と
ほとんど変わってはいなかったが…



「ここまでで培った経験」

という無形の資産が、
ここから大きく発揮されることとなる。


そして…

2013年からの、
アベノミクスと呼ばれる大相場により、



物語はここから、一気に加速していく。


――続きはまた、次章で。



続きはこちら

投資遍歴【第四章】- 無限の可能性を感じた日 -
2005年に株を始めてから続いた長い冬の相場。ライブドアショックやリーマンショックを乗り越え、2013年アベノミクス相場で資金はわずか2カ月で3倍近くに。初めて上昇相場を体験した投資家の記録。


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