労働収入は、過小評価されている?【後編】
― 投資と労働を、無理なく続けるための距離感
前回の記事では、
投資を続けているときに、
株価がわずか1日で
数万円、数十万円と動くのを見ていると、
毎月の給料が、
なんだか小さく感じてしまう。
でもこれは、
「長期的な視点」
「再現性という視点」
でみれば、
景色は少し変わってきます、
というお話をしました。
▶年収500万円の人は、
20年でみんな「億り人」。
▶労働収入は毎月安定的に
入ってくる、【再現性】のある収入。
▶投資は、長い目で見れば
右肩上がりでも、波がある。
こんなお話でした。
それでは今回は、
「どう働き、どう投資すればよいか」
こういった事について、
考えていきたいと思います。
専業投資家という生き方の現実
労働収入が年収 500万円 の人は、
「10年間で 5000万円」 の
再現性のある、安定した収入が得られます。
それに対して、
専業投資家として
10年で5000万円を稼ぐことは、
決して簡単なことではありません。
▶元手が小さければ、
短期トレードや信用取引を活用せざるを得ず、
難易度は一気に上がります。
▶元手が大きければ、
比較的安定した運用は可能かもしれません。
ただ、その場合でも、
安定収入が途切れた状態で、
大きな資金を相場にさらし続ける
という不安が常につきまといます。
これは数字以上に、
「精神的な負荷が大きい世界」
ではないでしょうか。
たとえば今もし、
リーマンショック級の暴落が
襲ってきたとしたら…
日経平均株価は、
PBR=0.8 の 26,000円。
資産が半分以下になる恐怖を、
無収入の状態で乗り越えられるのか。
考えてみると、
少し怖く感じる部分もありますね。
でも、人生を削ってしまうと意味がない
労働収入は、再現性の見込まれる、
安定した収入であることを、
ここまで書いてきました。
ただ、その労働収入を得るために、
人生そのものを
削ってしまっているとしたら…。
それはそれで、
意味が薄れてしまいます。
・ 常に疲れ切っている
・ 心に余裕がない
・ 「耐えるだけ」の毎日になっている
このような状態で、
お金は増えていたとしても、
人生の充実感が失われてしまっては…
これは、本末転倒です。
大切なのは「無理なく続けられるかどうか」
結局、大切なのは、
金額の大きさそのものでは
ないのだと思います。
無理なく、ある程度の充実感を感じながら、
長く続けられるかどうか。
労働も、投資も、
続けられることが大切です。
理想的なことを言えば、
▶安定した労働収入を土台にしながら、
▶時間を味方につけて投資を続けていく。
この形こそが、
多くの人にとって、
最も現実的で、
いちばん強い選択なのかもしれませんね。
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